【前編】怒りすぎた日も、とうもろこしを諦めた日も、ミニ缶が沁みた

最低限のことだけしようと決めていた。だから、平和な1日になるはずだった。

 

世間はゴールデンウィーク真っ只中の子どもの日。自宅保育をしていると、土日関係なく出かけられることもあって、連休は混雑するショッピングモールをなるべく避けるようにしている。

でも、今日の私はどうしても外に出たかった。

息子の靴が小さくなってきたので、3Dでサイズを測れるお店に行きたかったからだ。

朝イチで出発して、開店と同時に行けば混雑も避けられるはず……

そう踏んで、10時の開店と同時にショッピングモールに入ることに成功した。

 

行きたいお店は2階にあるようだ。駐車場からすぐのエレベーターに乗り込む。

「やばい……

エレベーターを出た目の前に、子どもの遊び場があったからだ。

でも、前にしか先に進む道はなく、横を通れば子どもの楽しそうな声と遊具に気づくだろう。

そのときの私は、一度別の階に移動して、靴屋さんまでたどり着く選択肢にまで頭がまわらなかった。

仕方ない、強行突破だ。

「あとで行くからね!!!」と、息子に伝えながら靴屋さんに急いだ。

 

靴屋さんに着くとすぐに計測してもらえて、今日のミッションは無事クリア。13cmだと思っていたけど、14cmの靴がベストらしい。それは小さいはずだ。

あとは夕食の買い物をして、余裕をもって早めに帰ろう。

だがしかし、息子は靴も履かずに遊び場のほうへ歩き出した。最近歩けるようになったから、歩くのが楽しくて仕方ないらしい。

とりあえず靴下を履かせるだけでも一苦労、13kgのむちむちボディを抱えるだけでも腰に来る……

遊び場は買い物のあとで……と、親の都合で遊び場と反対側へ誘導する。

あっちこっちに歩きながら、実に楽しそうである。

でも、エスカレーターのほうに向かったり、お店のものを触ろうとしたりして、ただ見守るわけにもいかなかった。

抱き抱えてベビーカーに乗せようにも、すんなり座ってはくれない。手を繋いでも、振り払って行きたいところに一直線。

そんなこと20分ほどしているうちに、私のお腹はぺこぺこに。もちろん買い物なんてできていない。

腹が減っては母業はできぬ。でも、息子は遊び場の場所をしっかり覚えていて、もう「あとで」は通用しなくなっていた。

 

いったん落ち着いてもらうために、30分だけ遊んでいこう……。

お腹は空いていたけれど、息子の機嫌がいいほうが私の心は穏やかだ。

ボールプールで遊んだり滑り台をしたり、楽しそうな顔を見られてホッとした。

幸い、あまり広い場所じゃなかったから、息子は30分を迎えるタイミングで飽きてきた様子。少し疲れたのか、ベビーカーにも乗ってくれた。

時計は11時を過ぎたばかり。

「今だ!」と言わんばかりに、フードコートに向かった。

まさか、ゴールデンウィークの洗礼を浴びることになるとは思わずに。

 

遊んでいた30分は大きかった。さっきはガラガラだったはずが、フードコートだけ、ショッピングモールが人気テーマパークのように変わっていた。

100人ほどの人が注文の列に並んでいたのだ。

ゴールデンウィークをなめていた。即効でベビーカーを切り返し、パン屋に向かった。

さっさとパンを買って、車で食べてから帰ろう。

息子にとうもろこしパンをひとつ買い、自分用にはタンドリーチキンのラップサンドと、じゃが明太チーズパンを買った。帰り道でアイスコーヒーも買えそうだ。

息子も眠そうにしているし、買い物はお昼寝から起きてから近所のスーパーに行くことにしよう。

それなりにハードではあったけれど、ここまでは想像の範囲内。計画は、順調だ。

そう。今日はショッピングモールでは、最低限の用事だけ済ませて、一緒にお昼寝をすると決めていた。私は少し体調がよくなかったから。

 

駐車場に向かう途中に、気持ちのいい広場があった。その広場には、じゃぶじゃぶ池もあった。

遊びたそうにしながらも、息子もお腹が空いているようで少しぐずっていた。フードトラックでアイスコーヒーを買って、広場の隅でパンを食べさせることにした。

ビニール袋のまま、食べられるように渡した。

ようやく一息つける……と、コーヒーを片手に腰を下ろした瞬間、息子がうわっと泣いた。

見た目以上にパンが固かったようで、うまく食べられなかったらしい。

ビニールがないほうが食べやすいかと、いったんパンを取り上げて、手を拭こうとしたら大号泣。

「ごめんごめん!」と、パンを渡した次の瞬間、「また固くて食べられない!!!」と言わんばかりに泣き出し、パンをぽーんと放り投げた。

嫌な予感は的中。パンは地面に落ちた。

そこで、私の心はポキッと折れた。

替わりになるものはない。でも、何も食べないまま車には乗せられない。とはいえ、パンは地面に落ちてしまった……

私の分をあげようにも、息子が食べられないパンを買ってしまっている。

もう一度買いに行くか、どうしよう……

どうすればいいかわからないまま、とりあえずパンを拾ってビニール袋に入れ、車に向かった。

泣きそうだ。

しかし、精算をしていないことに気づいてUターン。広場から少し離れた場所にある精算機に向かった。

「さっきのパン、中身だけならいけるか……

そう思い、木陰でパンを食べさせた。

ひとくち、ふたくちと食べ進めるにつれ、息子の顔つきも穏やかになっていった。

「地面に落ちたのも一瞬だし、もうあげてしまおう」

さっきは周りに人もいたし、さすがにそのままあげられなかったけど、妥協するほうがお互いのためだと思った。

お腹も満たされてきて、息子の機嫌も落ち着いてきた。

半分くらい食べ終わったタイミングで、精算機に向かった。

精算しているあいだもパンでつないで、急いで車へ。なんとかチャイルドシートに乗せることにも成功した。

よし、私も持ち直してきたぞ。

 

パンも食べ終わり、バッグから水筒を探した。

なぜだか見当たらない……。ベビーカーに乗せっぱなしだったかな……

そう思った次の瞬間、遊び場のベンチに水筒が2つ並んでいる絵が浮かんだ。

遊び場に忘れてきてしまった。

やっとの思いでチャイルドシートのベルトまでたどり着いたのに……

1歳半の自我が出てきた子どもをチャイルドシートに乗せる大変さ、子育て経験者ならわかってくれるはず……。

 

いったん落ち着こう。

息子にはYoutubeを見てもらって、運転席でコーヒーを飲んだ。パンもひとつ食べた。お腹も満たされた。

よし、水筒を取りに行こう。

遊び場までは遠くないから、抱っこして行くことにした。

最短ルートで駐車場を抜け、遊び場の前のエレベーターに乗った。

水筒を受け取って、すぐに駐車場に戻る。

抱っこしていると息子の機嫌がいい。

パンじゃ足りないだろうから、スーパーで何か買ってあげよう。そう思い、スーパーに寄ったのが間違いだったのかもしれない。

 

車に乗り込んで、焼き芋を渡した瞬間、ぐにゅっと握りつぶされた。

いつもなら上手に食べられるのに、やっぱり眠かったからだろうか。ねっとりした芋をあっちこっちにつけ、終いにはほとんど食べず。

汚れていく車内に、どんどんイライラが募っていく。

遊び始めた息子は、床に置いていた泥だらけのサンダルを拾い上げてシートに置いたり、ティッシュを何枚も出したりして、挙句の果てにちぎって口に入れ始めた。

いつもそんなことしないのに……ああ、もう限界。

気持ちを抑えられずに怒ってしまった。

当然、息子は泣いてしまった。終了だ。

一刻も早く車を出して、寝かせよう。

 

なんとか気持ちを切り替えようと、聴き掛けのラジオ(佐久間宣行のANN)を聴きながら高速に乗って帰った。息子は一通り泣いてから、眠りについた。

佐久間さんの軽快なトークを聞きながら、どうしてこうなったのか振り返った。

最低限と思いつつも、欲張ったかもしれない……。

天気がよかったから、外で食べたくなってしまった。いつもみたいに、サクッと車で食べさせれば、パンを落とすこともなかったかもしれない。

水筒を忘れたことに気づいたときも、いったん落ち着こうと思い、夫に連絡していた。「その状況で戻るのは大変だと思うから、無理しないでまた買ってもいいよ」そう言ってくれていた。

焼き芋だって、一応パンは食べたんだから買いに行かずに帰ってもよかった。

全部自分で選んで失敗したことなのに、子どもに当たってしまった。情けなさでいっぱいになる。

家に着いたら息子と一緒にお昼寝をしよう。そうすれば、この疲れも気持ちもリセットできる。大丈夫。

気分を切り替えて、午後はたくさん遊んであげよう。

最近の息子は、車で寝落ちしてそのままベッドまで運んでお昼寝するのが日課になっていた。だいたい1030分くらい車で寝て、家に着くことが多い。

今日は35分ほどで到着。

いつもより寝すぎてしまったから、駐車するときのバックブザーの音で目を覚ましてしまった。

やばいやばい……

覚醒してしまうと、もう一度寝かしつけるのは難しい。

急いで荷物を玄関に下ろし、息子を抱き抱えた。

これは起きてしまっている……抱きついているけど、意識がちゃんとある様子だった。でも、眠いのには違いない。

諦められずに、トントンしながらベッドに向かった。

でも、ベッドについたときにはもう起きていた。

髪の毛が濡れていたから、暑かったのもあるだろう。完全に目を覚ましてしまった。

終わった……

このまま夜まで、休めないことが確定しました。

ついに心がボキッと折れた。

「なんで寝ないの?!寝てよ!!!」

気づいたら、そう叫んでいた。

今日は何回、自己嫌悪に陥いるんだろう。一度怒ると、本当にダメだ……。でも、もう無理だ……

とはいえ、起きてしまった事実は変わらない。

大声をあげて泣く息子を抱きしめながら、反省した。

 

明日まで、夫は出張でいない。まずは寝かしつけまで、ひとりでなんとかするしかない。とりあえずリビングに向かった。

テレビのついたリビングで息子は遊んでいる。35分のお昼寝ですっかり回復したらしい。

私はというと、何度も、緊急時に利用できるシッターサービスのページを眺めていた。でも、まだなんとかできるはずだ……と、そのサイトを閉じた。

そして、途方に暮れた私は、ChatGPTに話しかけた。